産前産後のお母さんやそのご家族へ、出産に関する体験談をお伺いするインタビュー企画。この企画を通して、これからお母さんになる方やそのご家族の不安・悩みの緩和だけでなく、出産経験者には自身の体験を振り返る機会にもなります。また皆さんの想いが自由に言える場としても輪が広がることを目指します。

第2回目としてお話を伺ったのは羽織 愛(はおり あい)さん。

小さい頃から英語に興味を持ち、大学院では英語教育修士を取得され塾講師をしながら英語教育についての研究も続けられてきました。現在は子ども英会話スクールSUNNY BUNNYと英語自在を運営され、日本にいながらバイリンガルを育てる「日本バイリンガル化」に向けてご尽力されています。

日本語、英語、フランス語の3言語を使い分け、国内外に友人を持ち、海外の子育て話を見聞きしてきた羽織さんに、自身の出産育児体験談についてお話を伺い、3部にわけてお伝えします。


若くしてお母さんになることに憧れがあった羽織さんは26歳で長女を妊娠。つわりで体調不良の中、今後の育児方針をも決定づける助産院と出会います。

分娩時にはリラックスさせるためにお酒の力をかりた体験談や、夜泣きの赤ちゃんとの生活が天職だと感じた理由、16歳になった娘さんの自立に向けた葛藤など、妊娠から子育てまでの体験談と子育てに対する想いを伺いました。


<プロフィール>
羽織 愛<Haori Ai>
東京都出身、東京都在住。拓殖大学大学院言語教育研究科修士課程修了。2006年に文京区にて親子英語サークルを主宰し、早期英語教育活動を始める。2019年NPO法人早期英語教育研究会を設立。英語教育の改革をテーマに、効果的な英語指導法を広く伝えている。また「日本バイリンガル化」計画に向け、楽しく、自然に英語が話せるようになるバイリンガル育成スクールSUNNY BUNNYと英語自在を運営。
プライベートでは20代後半に妊娠、長女を出産。




第1部:産前

歩くのもままならなかったつわりがお味噌汁1杯で改善

分娩ではお酒の力も借りて出産に臨んだ助産院での出産体験


森山:妊娠までにはどのような経緯がありましたか

羽織さん(以下敬称略):25歳で結婚し、すぐに妊娠がわかり26歳でお母さんになりました。私の母が22歳で私を生んでくれていて、たくさん一緒に遊んでくれるお母さんだったから子どもながらに自分のお母さんがひときわ若かったのがすごく嬉しかったんです。だから自分も若く産んで子どもとたくさん遊ぶんだって、早く結婚して子どもを産んでという気持ちがめちゃくちゃ強かったですね。

そんなある日、友達と夕飯を食べに行ったら、何だか気持ち悪くなっちゃって。人生で普通にご飯を食べていて気持ち悪くなる経験ってあんまりなかったから「もしかして妊娠かな」と思い、妊娠検査薬で調べたら妊娠していることが分かりました。若いうちにお母さんになりたかったこともありとても嬉しかったです。



望まれての妊娠はなおさら喜びも大きいですね。

妊娠中には体調や気持ちに変化がありましたか

羽織:妊娠が分かってから7カ月くらいまでずーっとつわりがひどくて10キロくらい痩せてしまいました。バナナを少し食べて吐くという壮絶なつわりで、病院にも行っていたのですがガリガリに痩せてしまい、歩くのもままならない状況でした。実家に戻り母にも食事などの面倒を見てもらっていたのですが一向に良くならず、心身ともに鬱々とした日々を過ごしていました。

食事の支度や看病をしてくれていた母にも、体調が一向に改善しない私にもお互いに少しずつストレスがかかっていき、実家との関係が悪くなってきてしまいました。実家との関係性を考え、主人とはなして妊娠7カ月の時に新居での生活に戻ることを決断しました。

そこで大きな問題が発覚しました、分娩を引き受けてくれる病院が見つからないのです。「出産の痛みなんて耐えられない、無痛分娩じゃなきゃ嫌だ」と思っていたので、分娩に関しても実家の近くの無痛分娩ができる病院で決めていました。しかし妊娠7カ月の時に新居に戻ることを決めて、分娩が出来る病院を探し始めたのですが全く受け入れ先が見つからないんです。

体調がすぐれない中、何か所も病院に電話しても妊娠7カ月の初診を引き受けてくれる病院がなく絶望的な状況でした。そんな中、やっとの思いでたどり着いたのが助産院だったのです。

当時の私は「助産院ってなに?」という感じで助産院に対する知識が全くありませんでした。

主人に相談すると、オーガニックや自然派の考え方であるお義母さんにも聞いてくれて、助産院での自然な出産はすごくいいよと言ってくれたのもあり、ひとまず見学に行ってみることにしました。



無痛分娩希望から自然分娩の助産院へと切り替えるのは大きな変化ですよね。

助産院ではどのようなサポートをしてくれましたか

羽織:見学に行ってまず初めに言われたのが「お味噌汁を飲みなさい」でした。その時の私はつわりがひどかったのでスッキリする飲み物として炭酸やサイダーをよく飲んでいました。それに温かい飲み物やお味噌汁は大嫌いで、「お味噌汁は飲みません」と伝えたのですが、助産師さんに「妊婦さんは身体を冷やすのが絶対にだめなのだから、栄養があって身体も温まるお味噌汁を作って飲みなさい」とピシっと言われてしまいました。「自分の身体のためではなくお腹の赤ちゃんのためだから」という言葉に促され、次の日に出汁から取ったお味噌汁を作り、内心とても嫌でしたが飲んでみました。

すると何か月も歩くこともままならなくなっていた体調不良がピタっと止まったんです。自分でもとても驚きました。 そこから毎日お味噌汁を飲むように切り替えました。するとそれまではとにかく触ると手がすごく冷たくて足首も冷えていたのですが、助産院で教えてもらった食事療法や運動を実践していき劇的に改善していきました。常に肩こりにも悩まされているのですが、その時は肩こりもなくなってウソってくらい身体がラクになったんです。



1杯のお味噌汁からつわりが無くなるなんて劇的な変化ですね!

体調がよくなってからはどのようなマタニティ期を過ごされていましたか

羽織:体調がよくなってからはとても楽しかったですね。先生には安産にするためにたくさん歩いて、お腹にも話かけなさいって教えてもらいました。お腹の赤ちゃんがおへそから外を見ているし声もちゃんと聴いているんだよと聞いたので「天気がいいね」「あったかいね」とかパパにもたくさん話かけてもらいました。

先生に教えてもらった時、私自身も概念的というかちょっと迷信的なイメージだったのですが、本当に理にかなっているとのちに分かりました。出産後に私は言語教育の分野で早期英語教育というのを学ぶのですが、胎児も音を聞いているというのはデーターでも分かっているし、母語も認識していると言語教育界では言われています。きっと先生はデーターや数値に基づく理論でお話されていなかったと思いますが、助産師さんとしての経験や人の知恵として語り継がれていることを教えてくれてすごいなと思いますね。

助産院との出会いは体調不良の改善に始まり、その後のすべてを変えてくれて救ってくれたと思っています。育児方針も助産院が元となり決まったといっても過言ではないです。お味噌汁を飲むようになったし、化学的なものを極力つかわず、娘の肌着にはオーガニックで無農薬なものを選んだりと身体にいいものを選ぶようになりました。



胎児への語りかけの重要性は言語教育の分野でも数値的に分かっていることなんですね。

その後、助産院での分娩はどのように進んでいくのですか

羽織:通っていた助産院での分娩は、陣痛促進剤は使用しないで自然に陣痛が来るのを待ち、お母さんの性格や赤ちゃんとのタイミングに合わせた方法を探りながら進んでいきます。私の出産では、予定日も過ぎた頃、自宅にいると前駆陣痛がきたので助産院に電話をし、何度かのやり取りのあと主人と助産院に行きました。

実はちょっと早く来てしまったみたいで、本格的な分娩になるまでとても時間がかかったんです。それと私は大学時代に合気道をやっていたこともあり、体育会系ということも関係して痛みに対して耐えてしまう癖がありました。

陣痛がきて本当は痛くてどうしようもないんですけど、先生に「大丈夫?」と聞かれても「大丈夫です。」と無意識に黙って耐えてしまっていたんです。先生にも「そんなんじゃだめ、もっと自然に。身体で痛みを感じてリラックスしないと分娩が進まないよ!!」と言われても、陣痛の痛みをぐっと力をこめて耐えて、返事も兵士みたいに「はいっ」「はいっ」となっちゃっていたんです。

そしたら先生も「この人、これじゃダメだわ」と思ったみたいで、

先生 「酒のむ?」

私  「はい、飲みます!」

先生 「よし、何が好き?」

私  「日本酒が好きです!!」

という流れになり、主人に日本酒を買ってくるように伝え、日本酒の一升瓶が私の目の前にドンっと置かれたんです。本当はお酒が好きで妊娠前はよく飲んでいたんです。

先生 「よし、飲むか!」

私  「えー!!妊娠中の飲酒はダメなんじゃないですか?!?!」

先生 「妊娠中はもちろんダメだけど、出産日はいいのよ! よし、飲め!」

と言われ一杯飲みました。

先生 「どう?」

私  「まだ痛いですっ!」

先生 「よし、もう一回飲め!」 と言われもう一杯。何回か繰り返しているうちに、私も酔いがまわってきてワッハッハと笑い始めていました。その様子をみた先生も「よしよし、ほぐれてきたね」と言ってそこからリラックスして分娩にのぞみ、15時間かけて出産しました。



お酒を飲みながらの出産!?!初めて聞く出産体験談です!

酔ってしまった勢いで、その後の出産に関する記憶は飛んでいないですか

羽織:お酒で記憶をなくしたことは無いので大丈夫です、その後のこともしっかり覚えています。娘が無事に産まれて初めて顔を見た時、とても嬉しかったし感動もしたけど、安堵感と達成感もありました。

私は小さい頃からみんなが普通にできることも自分にはできないことが多くて、それが大きなコンプレックスになっていたんです。いまは英語教育という得意な分野だけを固めて仕事にするというノウハウを身につけたので仕事として出来ていますが、本当に不得意なことがとことん出来なくて、悔しい思いをたくさん経験してきました。

だから出産に関しても他の人と同じように、自分にもちゃんと子どもを産むことができるのか、無意識のうちに恐怖心がどこかにあったんです。これは出来る方なのか、出来ない方になってしまうのかと。

そして生れたばかりの娘を見た時、本当に嬉しかった。あぁこれは自分にも出来る方だったんだって、よかったって。産まれてきてくれたことに感謝もしたし、無事に出産を乗り越えることができた自分が誇らしく達成感も持てましたね。




第2部へ続く:https://mizani.jp/%e3%80%90interview%e3%80%912-2/




羽織さんが代表を務める英会話スクールはコチラ

楽しく、自然に英語が話せるようになる

子ども英会話スクールSUNNY BUNNYhttps://sunnybunnyinfo.com/

英語自在https://freely.eigojizai.jp/



インタビュー・ライティング/森山 千絵