産前産後のお母さんやそのご家族へ、出産に関する体験談をお伺いするインタビュー企画。これからお母さんになる方やそのご家族には、不安・悩みも多いと思います。子育ては十人十色ですが、誰かの経験を知ることで選択肢が少しでも増え、悩みの緩和に繋がると思い、先輩たちの実体験をお届けします。

第9回目としてお話をお伺いしたのは蘆田 英珠(あしだ えいじゅ)さんです。

蘆田さんは現在、東京の代官山にて美容と栄養のクリニック「代官山クリニック」の院長と、産婦人科の外来にて分子栄養学を用いた卵子アンチエイジングを担当されています。

医大生時代に妊娠が分かり、年子の母として学びながら子育てをする怒涛の日々を過ごされます。その後、家族とキャリアに悩むながらも分子栄養学に出会います。不妊時期もありましたが、自身の体質を改善したところ3人目を自然妊娠しました。医学生時代やキャリアとの折り合い、不妊経験からの妊娠など、蘆田さんの体験談をお届します。


<プロフィール>
蘆田 英珠(Eiju Ashida)
神奈川県出身、東京都在住。2004年東京慈恵会医科大学医学部医学科を卒業。美容皮膚科医として勤務していた時に分子栄養学に出会い学びを深めていく。2015年代官山に無添加無農薬に拘ったサラダ専門店「代官山サラダ」を開設。(ショップは閉店したがオンラインショップのDr’sTABLEにて販売中)
2017年に分子栄養学による食事指導なども行う、内側と外側のアンチエイジングのクリニック「代官山クリニック」を開設。また自身の妊活経験を活かし2018年に杉山産婦人科にて卵子アンチエイジング外来を立ち上げる。
プライベートでは20代に長男、次男を出産。30代に長女を出産。

※分子栄養学とは細胞の中にある遺伝子を最大限に活動させるために必要な栄養素と、その量を科学する栄養医学。





第1部:産前

諦めるなんて1㎜も考えなかった

医学生として初となる在学中の妊娠


カップル


森山:妊娠までの経緯を教えていただけますか。

蘆田さん(以下敬称略):大学4年生の時妊娠が分かりました。私自身とても驚いたのを覚えています。医学部は在学期間が6年間あるので、ちょうど半分を過ぎた時期でした。当時、同じ医学部の先輩とお付き合いしていたのですが、彼は国家試験の3週間前だったので、試験が終わるまでは妊娠したことは黙っておこうと思っていました。

これから医者としての人生が始まる彼にとって、妊娠して親になるなんて考えられないだろうなと思いました。



森山:蘆田さんにとっても予想外の妊娠だったと思いますが、そこで赤ちゃんをあきらめるという決断はなかったのでしょうか。

蘆田:妊娠を諦めるなんてことは1㎜も思いませんでした。彼と結婚はしないかもしれないなとは思いましたが、その時は1人で育てていこうと覚悟したくらいです。それに若かったから何とかなるだろうと熟考していなかった部分もありましたね。

彼に妊娠は黙っていようと思ったのですが、妊娠してすぐに切迫流産で出血してしまい、入院しなければならなくなりました。こうなると隠しきれません。彼にも両親にも言わなくてはならなくなりました。

相談するとやっぱり試験前だったからか、時間的にも心理的にも考える余裕がなく、「では結婚しよう」という運びになりました。1人で育てていこうと覚悟までしていたからちょっと驚きましたが、結果的に良かったです。



森山:ご主人も内心、さぞかし驚かれたと思いますが、ご両親の反応はいかがでしたか。

蘆田:離れてくらす両親には電話で伝えました。すると父も「子どもが生まれるのはいいことだ」と言ってくれて、周囲で妊娠に対して反対する人はいなかったです。私も医者か幼稚園の先生かという夢があったくらい、子どもに対して歓迎の気持ちがあったので、父の言葉は有難かったです。

2-3週間の入院期間を経て退院し、試験を終えた彼と入籍。彼が住んでいたワンルームに一緒に住み始めました。





森山:お父様のお言葉、嬉しいですね。

その後の学生生活はどのように進んでいったのでしょうか。

蘆田:私の通っていた医学部は9割男子、女子は1割ほどしかいない環境でした。おまけに在学中に妊娠した女学生もおらず、学校としても前代未聞の出来事だったようです。もちろん救済制度もないし産前産後休暇もありませんでした。

学校からは「自分で適当に休んでください」と言われただけでしたね。だから出産ギリギリまで学校に通えるように、学校近くの病院を選び、健診にも行っていました。

もともと身体が丈夫だったこともあるのか、妊娠による身体の不調も食べつわり程度だったので、引き続き勉学に励んでいました。

彼は大学病院での研修医、私の両親も神奈川県。私が学生生活をつづけながら子育てをしていくためには絶対に保育園に預けるしかありません。そのため勉学と同時並行で保育園探しも行いました。

妊娠後期のお腹が大きい状態で保育園に行き、「これから子どもが生まれるのですが、最短でいつから預けてもらえますか」と直談判したんです。今となっては保活といって妊娠中から保育園を探す方も少なくないですが、20年以上前の状況で妊娠中から保育園を探している人は珍しかったと思います。 園長先生も驚いていましたが、丁寧に保育園の定員制度や空き状況について教えてくださり、私の事情をお話すると特別に生後2か月からいいよと承諾してもらえました。



森山:保育園の内定は学生の身である蘆田さんにとって、とても心強かったですね。出産はどのようにすすんでいったのでしょうか。

蘆田:37週を過ぎたある夜、急にお腹が痛くなったんです。まだ37週だし陣痛にしては早すぎるけどなと思ったのですが、一応病院に行って診てもらいました。するとすぐに分娩となり誕生しました。

未熟児としてのボーダーラインである2500gをギリギリ超えた小さい長男が誕生しました。

無事に産まれてきてくれて本当によかったです。




第1部終了 




■第2部「公私を変えた分子栄養学との出会い」はコチラ



■第3部「わたしも幸せを感じるように」はコチラ

蘆田さん第3部

*******************************************************

【ご紹介】

蘆田さんが院長を務める代官山クリニックは現在HPをリニューアル中(2022年11月時点)

蘆田さんが運営されているDr’sTABLEはコチラから



インタビュー/ライティング:森山 千絵