産前産後のお母さんやそのご家族へ、出産に関する体験談をお伺いするインタビュー企画。これからお母さんになる方やそのご家族には、不安・悩みも多いと思います。子育ては十人十色ですが、誰かの経験を知ることで選択肢が少しでも増え、悩みの緩和に繋がると思い、先輩たちの実体験をお届けします。

第5回目としてお話を伺ったのは飯尾 善子(いいお ぜんこ)さん。

自然派を取入れた鍼灸院を開業(現在は休診中)され、幼稚園でも特別講師としてお話されている飯尾さんは、4人のお子さまを育て上げ、現在はお孫さんのお世話もされています。

家族全員で臨まれた助産院での立ち会い出産や、乳腺炎に何度も悩まされ苦しい時期を経て、お母さんと赤ちゃんのために鍼灸院と母乳相談を始められます。自身の子育て経験や多くのお母さんと接してこられた飯尾さんの出産・育児に対する想いとお話を伺いました。


<プロフィール>
飯尾 善子<Iio Zenko>
東京都出身、在住。東洋鍼灸専門学校を卒業後、ご主人と鍼灸院を開業。1年後に妊娠、出産のため休職し、4人のお子さんの育児に専念。2005年に自宅にて母乳相談も併設した女性専用の鍼灸マッサージ院「いいおテラピールーム」を開業。自然派の考え方を活かした治療法で多くの女性、お母さん、赤ちゃんをケアされてきた。(現在は休診中)
現在は幼稚園での特別講師の他、高齢者施設で機能訓練指導を担当されるなど幅広い年代の方に向け奉仕されている。
プライベートでは20代中ばに長男、その後長女、次男、三男を出産。




第1部:産前

心身共に支えてもらった助産院との出会い

家族みんなで立ち会えた生命誕生の喜び


森山:妊娠が分かるまでにはどのような経緯がありましたか。

飯尾さん(以下敬称略):在学中からお付き合いをしていた主人と、卒業後は鍼灸院を2人で開業しました。結婚しスタッフの方も入っていただいた1年後、そろそろ子どもが欲しいなと思っていた時に、生理が来たかなと思ったら出血が止まったり、また出血したりといつもとは違う異変を感じたんです。それでお子さんがいるご近所さんに相談してみると「何言ってるの、それは妊娠してるからよ!」と言われて、すぐに産婦人科を受診しました。

半信半疑で病院へ行き、受診してみると妊娠していることが分かり、同時に切迫流産 (※1)気味と診断され、体調安定の為10日間ほど入院しました。まさか妊娠していて入院になるとは思っておらず驚きでした。

退院後に妊娠したことを知人に報告すると、昔から可愛がってくれていたお姉さんから自分が出産した助産院の電話番号を教えてもらいました。なるべくなら自然に近い状態で分娩にのぞみたいと思っていたので、すぐに予約の電話をし、杉並区にあるファン助産院を訪ねました。

訪ねてみると先生方の雰囲気も自分に合っていると感じ、通院を決めました。結果的に助産院と病院の両方を通院したのですが、助産院では妊婦さんに必要な体操を教えてもらったり、実際に陣痛がきたらパートナーはこんなケアをしてあげましょうという教室を開いてくれたりとさまざまな情報を教えて頂きました。インターネットがなかった時代だったので、初めてのお産に関する情報をいただけたのはとても有難かったです。



森山:妊娠が分かったのもいい助産院に巡り合えたのも、全ては出会いから始まったんですね。妊娠中には体調の変化などありましたか。

飯尾:ある時期まではつわりがありました。お米が炊ける匂いで吐き気がしたり、味の濃いもの好むようになったり、気持ち悪くて夜寝付けず、一晩中台所で過ごした時もありました。流し台の横に椅子を持ってきて、もたれ掛かりながら気持ち悪くなったらそのまま流し台に吐くというような日もありましたね。

お腹が大きくなるにつれて腰痛なども出てきましたが、鍼灸師の主人がすぐ側にいてくれたので、施術してもらったり、自分でお灸をしてケアしていました。

助産院でのケアや自分でもなるべく体調に気を付けながら過ごしていたのもあり、お腹の中の赤ちゃんもとても元気に育ちました。よく動くので、一時期は逆子になっていたんです。

お灸でも逆子を元に戻すツボがあるのでそこを施術し戻すことができます。当院でも妊娠中の方で逆子になっていたのを、お灸で戻してあげたこともありましたので、自分でお灸をして赤ちゃんの体位を戻しましたが、また逆子になってしまいました。あまり早い時期に体位を戻しても胎児が羊水の中で自由に動き回れるためです。最終的には妊娠9カ月後半頃に助産院の先生が触診で確認して、外部から手でググっと胎児の位置を移動させて戻していただきました。



森山:逆子を触診で確認して、手で外部から治すとは驚きです⁉逆子は治せるものなのですね。

飯尾:助産院と病院の両方に通院していたので、病院のエコーで診てもらったというのもありますが、エコーがなかった時代もありますからね。助産師さんたちは妊婦さんのお腹を触って胎児の位置を確かめたり、顔色や全身の症状を見て体調を確認されていました。

今の西洋医学はなんでも検査で結果をみますよね。もちろん詳細に病気の情報を得られて、より確実な治療法がみつかるという利点もありますが、触診や目でみて感じるものも必要なのではないかと個人的には思っています。検査結果にプラスして昔ながらの触診なども取り入れて頂きたいですね。



森山:両方のいいところを選択していきたいですね。飯尾さんは助産院と病院の両方を通院されていましたが、出産はどちらを選ばれたのでしょうか。

飯尾:実家のような安心感がある助産院でのお産を選びました。

予定日翌日に陣痛がきたので、母に付き添ってもらい助産院に行きました。途中で主人が来てくれ母と交代し、主人にサポートしてもらいながら第1子を無事に出産しました。

とっても嬉しかったです、ただただ産まれてきてくれたことが本当に嬉しくて感激でした。陣痛で長時間痛かったのに、そんな痛みなんて一瞬のうちに忘れてしまうほど感動しました。いまでも思い出すと涙がでるくらい。

私達夫婦は4人の子どもに恵まれました。どの子を出産した時も、同じように「私たちを選んで産まれてきてくれたこと」がありがたくて、心がいっぱいになり感動しました。子ども達の魂は私を選んで宿ってきてくれているので、子ども達の誕生は私の生きるエネルギーになっていて、今でも大切な宝物です。



森山:素晴らしい感動の瞬間ですね。4人のお子さんを出産されていますが、皆さん同じ助産院で産まれたのでしょうか。

飯尾:4人とも同じ助産院でお世話になりました。他で産むことが考えられないくらい産前から産後まで安心してお世話になって、母子共に支えてもらいました。

出産してすぐに赤ちゃんを布に包んで私のお腹に乗せてくれたり、母乳をあげたりしました。第2子の時は生まれたばかりで、もちろんまだハイハイなんて出来ないのに、生まれたての赤ちゃんを私のお腹の上に乗せるとおっぱいのところまでウニウニしながらよじ登ってきてくれて、愛おしく生命の力強さを感じました。

また助産院では家族も出産に立ち会うことができました。第1子、第2子の時は主人に、第3子は長男が、第4子の時には家族みんなで誕生を見守ってくれました。

第3子の時に当時5歳だった長男が立ち会ってくれたんですけど、まさに実況中継でしたね。それこそ私の足側から見ていたので「あ、いま髪の毛が見えた!」とか教えてくれて。産まれた瞬間の赤ちゃんを見た時はちょっとびっくりしていましたけど、すぐに「赤ちゃん!赤ちゃん!」と言って頭をなでて可愛がってくれました。

第4子の時は家族総出で見守ってくれました。朝7時くらいに生まれたのですが、みんなその場から離れたくないけど「早く学校に行って友達に話したい」と言って、すぐに自宅へ帰り学校で自慢したそうです。

兄妹達がいまでも覚えてくれているのかはわかりませんが、生命の誕生という特別な瞬間を家族で共有できたのは助産院の皆様のおかげです。子ども達に貴重な経験をさせていただき感謝しておりますし、大きな財産になりました。




第1部終了

■続きの第2部「水分も制限していた母乳育児」はコチラ



■第3部「触れ合いと甘えさせ」はコチラ



※1切迫流産: 胎児が子宮内に残っており、流産の一歩手前である状態。切迫流産の段階では妊娠を継続できる可能性がある。また「流産(妊娠したにも関わらず、妊娠の早い時期に赤ちゃんが亡くなってしまうこと)」は医療機関で確認された妊娠の15%前後が流産になる。また、妊娠した女性の約40%が流産しているという報告もあり、多くの女性が経験する疾患。

(公益社団法人日本産婦人科学会HPより抜粋)



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【ご紹介】

■飯尾さんが院長を務める自然派鍼灸マッサージ院「いいおテラピールーム」(東京都大田区 / 現在は休診中)

https://www.facebook.com/iiotherapyroom/



インタビュー/ライティング:森山 千絵